2008年08月17日

プログラマという職業の文学的説明

「プログラマをやってるんです」
僕がそう言うと、彼女は凄いですねと言った。その言葉に敬意に似たものが篭っているような気がしたので、僕の口はいつもの言い訳染みた言葉を発することになった。


別に凄いことではないんです。英語を勉強するよりもよほど簡単です。
数学も出てきますけど、たいていは中学1年生でも分かるようなものばかりです。
ずっとやっていると、まるで電報翻訳工場で働いている気分になります。

電報翻訳工場。
そこでは、いろんな人から贈られてきたいろんな言語のメッセージを、電報に向いた適度な長さの言葉に翻訳して送信するんです。

長い電報を打つとお金がかかるから、僕は予算に応じて、たくさんの気持ちを削り取って、簡素化して、痩せ細らせて、短い言葉にまとめるんです。
僕は僕なりにこの職業に誇りを持っているし、やりがいも感じてます。一生懸命、決められた文字数の中に想いを込めるのは、創造性もある仕事です。

でも、僕は仕事をするたびに、たくさんの気持ちを削ぎ落としているんです。たくさんのものを捨てているんです。
届く心もあります。辿り着く気持ちもあります。多くのものが届いた瞬間はとても嬉しいです。
けど、振り返ってみれば僕の頭の中には、何かを消した記憶ばかりが残っているんです。
単一のアルファベットの刻まれたキーを叩いた記憶よりも、DELと刻まれたキーを叩いた記憶の方がとても多いんです。

そんな仕事なんです、プログラマは。
posted by MW at 00:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いや、まあ、実際にそう思ってるわけではないですが、なんとなく
Posted by MW at 2008年08月17日 00:23
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