2007年10月21日

Pythonの精(続き)

彼自身がPythonの精と名乗ったわけではありません。

でも、私には一目でそれと分かりました。だって、彼はアイコンや公式ページで見慣れたあの蛇ととてもよく似た身なりをしていましたから。

「なぁ、坊や」Pythonの精は言いました。「あんたのインデント、煤けてるぜ」

私は驚いて自分が書いていたソースに眼を移しました。よく眼をこらして見てみましたが、特にインデントの箇所を間違えているわけでもなく、正常に動くコードのように見えました。

「もう少しフォント小さくして、全体を見てみな。一行の中にも一画面の中にも等しく美が宿るのがプログラムだぜ」

私は言われた通りにフォントサイズを下げ、ウィンドウを最大化して出来るだけ多くのコードが入るようにしました。その時、何かが私の頭の中で閃きました。

慌てて他のプロジェクトで書いたJavaとRubyのソースを引っ張ってきて、3つのコードを見比べてみました。そしてその中にある、美とも精とも呼べる存在を見つけたのでした。

礼を言おうと私が顔を上げると、そこにはPythonの精の姿はありませんでした。立ち上がって周りを見渡すと、先程まで残っていた人々も姿を消し、時計は終電を諦めなければいけない時刻を指していました。

残念なことに、この日、私が見つけたものがなんだったのか、確かな記憶は残っていません。それはあたかも完璧な美であったかのように心に残っているのに、その明確な心象に対して確証とも呼べる部分が記憶からすっかりと抜け落ちてしまっているのです。

ただ、この日以来、私の中で1つの変化が起こりました。新しいプログラミング言語に触れた時に、なんというのでしょう、その言語からの呼び声、「こう書いて欲しい」、「こんな記述を望んでいる」というような声が聞こえるような気がしてきたのです。

プログラミング言語には、精と呼ばれるものが宿っていることがあります。「C++」、「Java」、「Python」、「Perl」、それぞれに精がいます。「C」と「PHP」は触れても何も呼び声が聞こえなかったけど、それが相性なのか言語自体の特性なのか……

それらの精と触れ合い、より彼らを理解することが、私たちプログラマに求められる道であり、本懐なのではないでしょうか。私はPythonの精との僅かな時間の邂逅によって、そんなことを思うようになったのでした。
posted by MW at 00:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 用語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕はPython大好きです。Scripting language of choice.プログラマーっていうのは基本的にアーティストな訳で、Pythonほどビューティフルな言語は今までなかったんじゃないかと思います。
Posted by 宗市 at 2007年11月02日 08:53
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